第1部
難民と日本社会
「難民を助ける会の活動に40年携わって」柳瀬房子
ありがとうございました。たしかにカナダ、オーストラリア、アメリカの難民受け入れ制度と日本の制度を比較すると非常に開きがあって、どこの国に受け入れられるかで、その人の運命が大きく変わってしまいます。それに対して、その制度の欠陥を良くしていこうという活動にずっと携わってこられたのが柳瀬さんです。
1979年から現NPO法人 難民を助ける会(AAR)で活動を始め、2009年7月より会長。難民支援や地雷廃絶はじめ多年にわたる国際協力活動により、1996年に外務大臣表彰。翌年、対人地雷廃絶キャンペーン絵本『地雷ではなく花をください』で日本絵本読者賞。法務省難民審査参与員。本学大学院総合文化政策学研究科修士課程に在籍。
1979年に「難民を助ける会」設立以来今日まで、約40年間その活動に携わってきました。そして、新しい価値観の若い方を育てるというミッションのある総文の大学院に学ぶことができて、本当に幸せな70歳を過ごしています。
ベトナム戦争末期の1975年にサイゴンが陥落し、その後に起きたベトナムのカンボジア侵攻や中越紛争などによって社会主義政権となった、ベトナム、ラオス、カンボジアから自由を求め、約200万人ともいわれている大量のインドシナ難民がアメリカ、カナダ、オーストラリアへと逃れました。しかし、日本はUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)には、拠出金を出していた(米国、欧州委員会、日本の順で)のですが、難民はまったく受け入れなかったのです。受け入れないということに、日本の一部の市民が心を痛めていました。それは、当時45歳以上の人たちは、太平洋戦争を直接体験しており、満州や朝鮮半島から引き揚げた経験のある方が多く、「自分だって難民になっていたかもしれない」、「自分こそ難民だった」という問題意識を持っていたのです。そして今度は、自分たちで何かできないかという思いで、1979年にできたのが、「インドシナ難民を助ける会」、現在の「難民を助ける会」です。
当時の発起人のメンバーは、難民の方を「すぐ助けなくては」という思いはもちろんですが、同時に、この機会に「日本の若者を育てる」という理念も持っていました。当時若者の部類に入っていた私は、日本に受け入れた難民の方々の進学や就学への支援、奨学金や仕事の斡旋、日本語教室などの設立・運営のほか、インドシナ難民が逃れたタイとカンボジア、ラオス国境の難民キャンプ、あるいはベトナムからマレーシアのビドン島にたどり着いた「ボートピープル」の方のお世話のために、日本人の医師や看護師の派遣などを継続しました。また、難民のことを日本人にもっと関心を持ってもらうための活動にも力を入れてきました。
今の若い方たちは、日本がインドシナ難民を受け入れてきたことを知らない人がけっこう多いんですね。記憶が断絶していて、これだけ情報化社会と言われ、SNSでさまざまな情報が飛び交っていても、難民に対する意識や認識が高まらない。こういった問題について、柳瀬さんはどう思われますか。
私自身が活動を続けて来られたのは、なんといっても難民の人たちを尊敬しているからです。カディザさんのような人がほとんどなのです。生死の境をさまようような極限状況を体験し、ようやく日本に来て「あぁ、助かった」と思ったら、今度は日本にものすごい壁があって、まず日本語を習わなくてはならないし、生活も大変厳しいという現実の壁を次々と乗り越えてきた。その乗り越える力は、本当に尊敬というほか言葉がありません。このように、難民は日本人を啓発してくれるかたたちだということを理解していただきたいと思います。
ではどうしたら難民の方たちに対する認識を高めることができるかというと、難民の方の経験を素材に感動の共有していただくこと、一度ではなく、何度も、様々な媒体や、あらゆる機会を通して、理解していただくことが大切かと思います。シンポジウム、講演会、合宿、チャリティコンサートの企画を始め、「助ける会」の活動に参加することでなんらかの感動を広げてゆくことが大事だと工夫してきました。コマーシャルソングを聴いているように、何度も伝え続けることで、難民について理解が深まるよう、伝え続ける努力を惜しまないことが大切だと思います。
この『地雷ではなく花をください』という絵本は、対人地雷廃絶キャンペーンのために企画しました。私が文を書き、葉祥明さんに絵を描いていただきました。1冊売れると10平方メートルの地雷原が安全な土地になるということを訴えて、おかげさまで累計の発行部数が62万部超になり、その費用は全部対人地雷の撤去に充てられています。このように絵本や映画など文化を通じて、難民問題を理解していただきたいと思っています。
『地雷ではなく花をください』は、世界で困っている人たちを助けるために、長い耳で遠くから呼びかける声を聞き分けるウサギのサニーを主人公にした絵本。計5冊のシリーズとして自由國民社から刊行