イベント EVENTS REPORTS 10周年記念第1回トークイベント|2018年4月29日 渋谷・青山という都市を語る

10周年記念第1回トークイベント|2018年4月29日

渋谷・青山という都市を語る

チラシ

第1回トークセッション

都市創造のポリティックス:
渋谷・青山 これまでの10年/これからの10年

モデレーター:小林康夫
パネリスト:團紀彦、黒石いずみ、鳥越けい子
コメンテーター:伊藤毅  (企画責任者)
小林

「クリエイティブ経済と総文の教育」と題した井口典夫先生のお話の中で、「人と空間とイベント」という3つテーマが出てきました。続いてのこのセッションでは、我々がいる青山や渋谷といった場所が、どういうふうにクリエイティビティに向かって変容していくかを、人、空間、出来事それぞれの観点から3人の先生方に語っていただこうと思います。

モデレーター:小林康夫

モデレーター:小林康夫

小林 康夫

小林 康夫Yasuo Kobayashi

東京大学総合文化研究科教授を経て2015年より総文・特任教授。1950年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科、パリ第X大学ナンテール(テクスト記号学科)卒。専門は、現代哲学/表象文化論/芸術論。著書に『表象文化論講義 絵画の冒険』(東京大学出版会)、『オペラ戦後文化論1 肉体の暗き運命1945-1970』(未来社)、『君自身の哲学へ』(大和書房)、『こころのアポリア』(羽鳥書店)など。

小林

まずは黒石先生に、<人>について語っていただきます。先生のご専門は、都市と建築の理論と歴史、デザイン史ですが、黒石先生は空間よりは人が面白いという感じですかね。

黒石

はい。空間というのは人がそこで生きて、あるいは人がそれを守って成り立っているわけですから、建物が完成して終わりではなく、その先が大切だと考えています。

小林

本日は、建築を勉強して、なおかつ人に注目して土地と関わっていくという黒石先生のバックグラウンドとこれまでの取り組みを味わいたいと思います。そこで先生の人への関心をより深く理解するために、なるべくタイプが違う人を3人挙げて語っていただければ。では、よろしくお願いいたします。

「文化装置としての都市空間渋谷を考える」黒石いずみ

まず私がどのようなアプローチで研究を進めているかをご説明し、後半で個別の人のことを扱いたいと思います。
渋谷はすごくおしゃれで素敵な場所ですが、それだけではない部分がいっぱいあって、それがかえって光を引き立てている。クリエイティビティとか、未来というと「明るい未来」というふうに皆さん思われるかもしれないけれど、人生は、絶望とかいろんな暗い部分があって、明るい部分が輝きを増す。そういう風に思っています。
ですから今日は、そういう暗い部分が持っているポテンシャル、都市がブラックホールのようにいろいろなものを飲み込んでいき、それを通り抜けると、ぽこっと綺麗な緑の地方に出て行ったりする、位相を超えるような部分について。それから地方の人やものがなければ都市は成り立たないというのは自明なことですが、都市に住んでいる人たちの多くがもともとは地方出身者だったりする、そういう行ったり来たりの相対的な現実や、一つの現実の中にある多元性みたいなものをお話ししたいと思います。

黒石 いずみ

黒石 いずみIzumi Kuroishi

青山学院女子短期大学教授を経て2008年より総文・教授。1953年秋田生まれ。東京大学大学院建築学科、米国ペンシルベニア大学芸術学部建築史・理論学博士課程Ph.D。専門は都市と建築の理論・歴史、デザイン史。今和次郎研究のほか都市や地域の生活文化研究を行い、山形県新庄市・東日本大震災後の気仙沼市・表参道地域でまちづくり活動を行う。NYなど国内外での今和次郎展の監修。著書に『建築外の思考:今和次郎論』(ドメス出版)、『Constructing the Colonized Land』(Ashgate)など。

■都市への視点

2008年にこの学部が始まった時に、「Sensing Cities」という国際共同プロジェクトをスタートしました。これは都市を物理的な空間として捉えるのではなく、そこを行き来し活動する人の視点から生きた都市の様相を捉えて比較し、実感しようというプロジェクトです。最初の年は東京とロンドンを舞台に、ロンドン大学のイアン・ボーデン教授やバーバラ・ペナー教授、ロンドン芸術大学のトシオ・ワタナベ教授を日本にお招きして、またこちらからそれらの大学に伺って、共同でワークショップを行い、都市という人工物と、それに感応する人間との関係性を調査して「都市の創造性とは何か」を問い直しました。その後は、ベルリン、NY、韓国、中国、マカオなどの大学やアーティストと共に、現地と東京を往復する形で何度かワークショップを行いました。

また、私個人の研究としては30年近くにわたって、今和次郎の研究を続けています。彼は、日本の近代建築が形を成し始めた時に、当時の建築理論の枠組みに欠けていた総合的な視点を示した人でした。彼は建築を作るだけじゃなくて、中にいる人が感じなければ空間は生まれてこないし、中にいる人の細かな動作を見なければ空間の質はわからないということを、民俗学や文化人類学、社会学、地理学などの手法を援用し、独自に生み出していきました。彼のように多面的にものを見ていくことは、現実が決して固定的で論理的に理解可能なものばかりではなく、いろいろなファクターによってできている理屈に合わないものも多く含んでいることに気づくことにつながります。

今和次郎のモデルノロジオとバラック調査からのスケッチ、工学院大学今和次郎コレクション所蔵

例えば日本はいま豊かですが、世界ではアフガニスタンやシリアなどオイルをめぐって戦いが繰り広げられていて、そのオイルに我々はものすごく依存しているわけです。私たちが知らないふりをしている場所で何が起きているかを思い描くことが大切でしょう。実は今和次郎は、関東大震災の後、詳細にバラックを調べました。2011年の大震災の後も、それと非常に似たような状況で生活を立て直すことに苦労した人たちがいますが、そのことを我々はもう既に忘れようとしている。そういった普段は気づかない、あるいは目に見えない・見ようとしない現実の存在を考えることがすごく重要だと私は考えています。

イタリアの小説家のイタロ・カルヴィーノが、『見えない都市』という本の中で、都市のイメージというのは、人が語る物語、人がその記憶の中で紡ぎ出す様々な断片的な出来事によって作られているのではないかと語っています。私が探究したいのはまさにそのようなことについてです。

■これまでの学生たちとのリサーチから

ここからはいくつか学生たちと取り組んだリサーチを紹介しましょう。
渋谷のスクランブル交差点は、世界中のいろんな人がやってきます。交差点をたくさんの人が通り抜ける様子をみんな見ているんですが、ある学生は、信号で一瞬止まった、その沈黙の時間について見ていきました。すると、交差点に人も車も入らない沈黙の時間というのは、パッと赤信号になった時に生まれるのではなく、多少人がパラパラと動き、それをじっと車が待っている。そういう車と人間との微妙な対話の隙間が沈黙という曖昧な時間を作っていることを発見したんですね。

渋谷スクランブル交差点で赤信号の時に止まる車と横断し続ける歩行者の関係を描いた図:浅見雅仁、林直道作

もう1つのグループは、建物の表面に掛かっている広告がどのぐらいの密度で存在し、街を歩く人にメッセージを与えているかを探りました。そしてその密度の変化がとてもゆっくりと進んでまるで余韻を生むように変わっていくことがわかりました。

また表参道に来る人のファッションが日本人と外国人でどう違うかを探ったグループもあります。日本人はわざわざおしゃれして表参道に来るけれど、外国人は T シャツなど普段着で動いている。その近隣感覚の違いをあぶりだしたわけです。つまり、空間、あるいは場所というのは、それを見る人の思いや目的、反応の仕方によってすごく違う特徴を示すということを彼らは明らかにしたのです。
空間については、私たちは目で見ているだけではなく、音や風、温度、それから手触りでも感じています。

このフロッタージュ、魚拓をご覧ください。どこのものか皆さんはおそらくわからないでしょう。これは被災地の魚拓なんです。学生が被災地に行って破壊された建物などの残骸が掃除された後の茫漠たる荒野を見た時に、津波の破壊の跡はわかるけれど、破壊の状況についてピンとこないという話が出たんです。そこでみんなで魚拓を取ってみた。すると壁についた傷や、そこに落ちているさまざまなものを手でなぞることで改めて痛みがわかる。つまり魚拓は目に見えないものを伝える力を持っているのです。

フロッタージュ:被災地

フロッタージュ:被災地

これは被災地の仮設住宅の台所を調べたものです。キッチンがごちゃごちゃしているんですが、震災で夫を失った女性が一つひとつ「これはこういう料理のためのものなんだ」と説明してくれるんです。彼女は夫が忘れられず、夫のために今も同じメニューを作り続けている。「同じ食べ物を食べないと私はおかしくなってしまう」、そう語る彼女の思いが、描き取る中でわかってくる。こういう風に、直接的にはわからない現実というものを、私はずっと興味を持って見ています。

スケッチ:被災地のキッチン

スケッチ:被災地のキッチン

■過去と現在、違う場所同士がつながって今の私たちを作っている

2016年に『君の名は』という新海誠監督のアニメが流行りました。流星が落ちたことをきっかけに、違う時間、違う場所が通い合うという話ですが、1つの現実にもう1つの面があることをこれほどビビッドに描いたアニメーションはありません。

私がこの講演会の前に「都市というのは穴みたいなもので、穴を抜けると向こうに地方があって、みんなどこかでつながっている」と考えているという話をしたら、小林先生が「それって村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』で、まさに青山の場所だよね」とおっしゃってくださったんですね。この小説も、2つの物語が並行して、まったく違う時間と場所で動いているように見えながら時々クロスします。決して明るいだけの話じゃない。愛があり、夢がある、その一方で、すごい悲しさと、絶望と、恐怖に満ちている。それがこの地球の上、あるいは時間の流れの中に異次元の世界として併存していて、「地下鉄の銀座線の軌道を歩いて青山一丁目駅から地上に出る」というように、その異次元世界が唐突に日常生活空間とつながっているお話なのです。私がやっていることも、過去と現在、違う場所、地方と都市といったものがどうやってつながって、今の私たちを作っているのか、それを私たちはどう感じ取って理解しているのかを追いかけているんですね。

この物語に出てくる1つの文章を紹介しましょう。
「世界というのは実に様々な、はっきりといえば無限の可能性を含んで成立しているというのが私の考え方である。可能性の選択は世界を構成する個々人にある程度委ねられているはずだ。世界とは凝縮された可能性で作り上げられたコーヒー・テーブルなのだ」
私はこれ、すごく好きなんですね。世界にはいろいろな可能性があるが、それを選択して生きているのは、その人自身。私がこれからご紹介する3人もそうやって生きてきた人たちです。

村上春樹『世界の終りとハードボイルド ワンダーランド』に描かれた地図

■ウェルズ・コーツ、佐藤銀重、井筒明夫

ゴージャスな車の前で、ダンディにポーズを決めている、この人はウェルズ・コーツという建築家です。私はカナダ建築センターのアーカイブで、この写真を見つけました。コーツは先鋭的なデザイナーとしてイギリスで華々しく活躍し、ハーバードの教授を務めたりしましたが、のちにアル中となり、カナダの故郷に帰ってしばらくして亡くなった光と影に満ちた建築家です。彼は障子や茶室といった日本の建築美を世界に伝えた重要な人でもあり、それがヨーロッパのモダニズムのデザインや建築にインスピレーションを与えたことが知られています。その彼の父が実は青山学院の高等部の先生としてカナダから派遣された牧師さんだったんです。ですからコーツは青山のキャンパスで生まれ、青山のキャンパスの思い出をずっと持っていて、そして最後にカナダに残されたアーカイブにも日本の資料が残っています。そういう人です。

愛車の前でポーズを取るウェルズ・コーツ、CCA所蔵

次にご紹介したいのは、佐藤銀重さんです。私は「山の手空襲を語り継ぐ集い」でお会いしました。太平洋戦争の末期、昭和20年5月の23~25日に赤坂・青山地域に大空襲があって、この表参道でものすごくたくさんの人が亡くなったんですが、その思い出を語り継いでいる方です。先ほどご紹介した2008年のSensing the Cityでこのヒアリングを行い、その後もずっと表参道を語る上で佐藤さんの事は重要だと思ってきました。表参道の華やかな街並みは、そんな戦争の悲劇の上にあるということを今、私たちはまったく知らないのですが、佐藤銀重さんは一生懸命語り継いで、みんなに「平和を大事にして未来を作ってほしい」と呼びかけています。

3人目は井筒明夫さんです。バードハウスの研究・収集の第一人者で、ヴェンチューリや多くの著名な建築家が作ったバードハウスをお持ちでした。

所蔵するバードハウスの前で語る井筒明夫氏

このバードハウスを私は被災地に持って行こうと考えたんです。糸井重里さんがやっている「100個のツリーハウスを作ろう」というプロジェクトがあり、それにバードハウスを提げようということで、私たちが井筒先生を糸井さんに紹介して、それがきっかけとなって被災地の人たちが元気になるプロジェクトの一部として展開していきました。

この井筒さんも青山のご出身です。誠実なクリスチャンで、セゾングループの堤清二さんの信頼も厚く、秘書のようなことをされていて、「不思議大好き」とかあの華々しい西武百貨店やパルコ文化の始まる時代に、数々のプロジェクトを支えた方なんですね。
今、渋谷のパルコはなくなってしまって、もうその文化は我々の目の前にはありませんが、脈々と流れる青山のスピリットを受け継いでああいう文化が生まれたことに気づかされた出会いでした。
本日は、世界各国、そしていろんな時代の3人の方――楽しいだけじゃない、悲しいことも、時代を変えるような出来事もいっぱいありながらこの青山に関わってきた人たちを紹介させていただきました。

小林

ありがとうございました。黒石先生は、カタストロフィーとか、闇といったものに対する共感の度合いが非常に高いですね。

黒石

そうかもしれません。ギリシャの芸術、文化の始まりは悲劇にあるということを学んできています。都市も、光と影の集まっているところに魅力があり、次のクリエーションがあると思っています。

小林

未来をつくるというクリエイティビティだけでは駄目で、クリエイティビティが過去の闇みたいなものと表裏一体となっているという自覚を持たないといけない。それについては、後でまた討議したいと思います。ありがとうございました。

続きまして、團先生にご登壇いただきます。團さんは、槇文彦先生の研究室のご出身で、建築家として日本橋や台湾などでたくさんの仕事をなさってきました。どういう風にこの青山から都市を見るという授業を、あるいはそれを含めた研究活動をなさっているかを発表していただきたいと思います。

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